富士山世界文化遺産 ついに世界文化遺産に登録された富士山。 日本の象徴である富士山とその周辺スポットの 魅力を再発見する旅をお楽しみください。 富士山域 山頂の信仰遺跡群 吉田口登山道 北口本宮冨士浅間神社 西湖 精進湖 本栖湖 河口浅間神社 冨士御室浅間神社 御師住宅 山中湖 河口湖 忍野八海 船津胎内樹型 吉田胎内樹型 大宮・村山口登山道 須山口登山道 須走口登山道 富士山本宮浅間大社 山宮浅間神社 村山浅間神社 須山浅間神社 冨士浅間神社 人穴富士講遺跡 白糸ノ滝 三保松原

※各構成資産に振られている番号は、平成24年1月に日本政府がユネスコへ提出した「推薦書」に基づいたものです。

  • 山梨県の構成資産
  • 静岡県の構成資産
  • ホテル周辺の構成資産
  • 富士山の世界遺産とは

画像提供:静岡県

静岡県の構成資産 静岡県側の構成資産は8件、ほかに両県にまたがる富士山域が1件あります。

静岡県側は、富士山を遙拝し噴火を鎮めるために創建された富士山本宮浅間大社(富士宮市)、富士講の開祖とされる長谷川角行が修業し入定したと伝えられる人穴富士講遺跡(同市)、富士山画の題材の典型となった三保松原(静岡市)などがあります。

静岡県の構成資産

画像提供:山梨県

特別名勝史跡

1.富士山域

富士山の世界文化遺産としての価値は、富士山が神聖で荘厳な景観をもとに「信仰の対象」と「芸術の源泉」になってきた点であると考えています。この富士山の価値にとって特に重要な地域(標高約1,500m以上)を資産範囲としています。
その理由は有名な絵画に描かれた範囲が重なり合う部分にあたり、信仰の上では神聖性の境界のひとつであった「馬返」以上にあたるからです。この範囲の中には、浅間大神が鎮座するとされる八合目以上や、現在発行されている千円札等に採用された本栖湖からの景観が含まれています。

画像提供:山梨県

特別名勝史跡

1-1.山頂の信仰遺跡群

山頂には、火口壁に沿って神社等の宗教関連施設が分布しています。富士山への登拝が開始されると、寺院の造営や仏像等の奉納が行われるようになり、山頂部における宗教行為が体系化されていきました。山頂において「ご来光(日の出)」を拝むことや、頂部を巡る「お鉢めぐり」の行為は、現代においても多くの登山者が行っており、これらを通じて富士山信仰の核心が現代にも確実に受け継がれています。

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特別名勝史跡

1-2.大宮・村山口登山道(現在の富士宮口登山道)

富士山本宮浅間大社を起点とし、村山浅間神社を経て山頂南側に至る登山道です。富士山では、12世紀前半から中ごろにかけての末代上人の活動をきっかけに登山が開始されたと考えられています。その後、一般人の富士登拝も開始され、その様子は16世紀の作とされる『絹本著色富士曼荼羅図』に描かれています。資産の範囲は現在の富士宮口登山道の六合目以上です。

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特別名勝史跡

1-3.須山口登山道(現御殿場口登山道)

須山浅間神社を起点とし、山頂南東部に至る登山道です。その起源は明確ではありませんが、記録では1486年にその存在が確認できます。宝永噴火(1707年)により、壊滅的な被害を受け、登山道の全体が復興したのは、1780年のことでした。資産の範囲は、現在の御殿場口登山道の標高2,050m以上と須山御胎内周辺(標高1,435~1,690m)です。

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特別名勝史跡

1-4.須走口登山道

冨士浅間神社を起点とし、八合目で吉田口登山道と合流し山頂東部に至る登山道です。その起源は明確ではありませんが、登山道からは1384年の年号が入った懸仏が出土しています。18世紀後半に入ると、富士講を含めた多くの道者が利用しました。資産の範囲は、五合目以上です。

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史跡、本殿は重要文化財

2.富士山本宮浅間大社

富士山を浅間大神として祀ったことを起源とする神社が浅間神社であり、富士山本宮浅間大社はその総本宮です。社伝によれば、山宮から現在地に遷座されました。9世紀ごろから信仰を集め、特に徳川家康の保護を受けて現在の社殿が造営されました。また、家康の寄進をきっかけに富士山八合目以上を御神体として管理しています。境内には富士山の湧水である「湧玉池」があり、かつては道者がここで登山前の水垢離を行いました。

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史跡

3.山宮浅間神社

富士山本宮浅間大社の社伝によれば、富士山本宮浅間大社の前身で、日本武尊が創建したとされています。本殿に当たる場所に建物がなく、富士山を望む遥拝所を設けるという独特な形態は、噴火を鎮めるために山を遥拝していた古代の富士山祭祀の形をとどめていると推定されています。

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史跡

4.村山浅間神社

12世紀頃に富士山の噴火が沈静化すると末代上人など山中で修行する人々が現れました。これが発展し、14世紀初頭には富士山における修験道が成立します。この中心となったのが村山浅間神社(興法寺とも呼ばれました。)です。19世紀後半までここの修験者たちが大宮・村山口登山道を管理しました。

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史跡

5.須山浅間神社

須山口登山道の起点となったのが須山浅間大宮・村山口登山道(現在の富士宮口登山道)(富士宮市)神社です。社伝では日本武尊が創建したとされ、1524年には存在していたことが棟札により確認できます。1707年の宝永噴火により登山道を含め社殿も大きな被害を受けましたが、現在の本殿は1823年に再建されました。

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史跡

6.冨士浅間神社(須走浅間神社)

須走口登山道の起点となる神社で、富士講信者が多く立ち寄り、33回を一つの区切りとする登拝回数等の記念碑が約70基残されています。社伝によれば、807年に造営したと伝えられます。宝永噴火(1707年)では大きな被害を受けましたが、1718年に再建され、修理を重ねながら現在に至っています。

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史跡

23.人穴富士講遺跡

「浅間大菩薩(富士山の神の名称の一つ)の御在所」と伝えられた風穴(溶岩洞穴)の人穴は、富士講の開祖とされる長谷川角行が16~17世紀に修行し、入定したと伝えられる聖地です。境内には、信者たちが建立した角行や先達等の供養碑や顕彰碑、登拝記念碑が約230基残されています。

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名勝天然記念物

24.白糸ノ滝

富士山の湧水が約200mにわたって噴出している白糸ノ滝は、16~17世紀、富士講の開祖とされる長谷川角行が修行を行った地とされ、富士講を中心とした人々の巡礼・修行の場となりました。

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名勝

25.三保松原

三保松原は『万葉集』以降多くの和歌の題材となり、謡曲『羽衣』の舞台にもなりました。また、15~16世紀以降は三保松原を手前に配した構図が富士山画の典型となりました。それらの絵画をはじめ多くの芸術作品を通じて三保松原は富士山を望む景勝地として広く知られています。

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